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時代で選ぶ - 大正

山仕事に有効な呪歌(まじないうた)

芦安地区で収蔵した文書資料の中に、3つの「呪歌(まじないうた)」を紙に書き付けたものがありました。
[「呪歌(まじないうた)書き留め(芦安役場資料)年不詳」南アルプス市教育委員会文化財課蔵]
こちらはどうやら、観音経(観世音菩薩普門品かんぜおんぼさつふもんぼん)というお経の一節のようです。「蛇やまむし、さそりの毒が炎のように襲ってきても、観音力を念ずれば鎮まる」というような文言でしょうか。
山に入る時の蛇除けの呪文として、効力がありそうですね。
[『蚖蛇及蝮蠍(ガンジャギュウフクカツ) 気毒煙火燃(ケドクエンカネン) 念彼観音力(ネンピカンノンリキ) 尋聲自回去(ジンジョウジエコ)』]
「アビラウンケンソワカー(阿毘羅吽欠娑婆可)」は大日如来に祈る時の呪文だそうです。
もし山の中で出会いたくないクマやイノシシ、落石などにあった際には、この身隠れの呪歌が有効かもしれません。 ちなみにアビラウンケンは「地水火風空」を表す意味で、ソワカーは「幸あれー」というように願いが叶うことを期待する文言のようです。
[『身カクレノ法:月山 シャリコー キンキンソワカー 四面童子ノ雲ワリテ ワガ身カクセヨ アビラウンケンソワカー』]
こちらは、全国各地で伝承されている「馬の腹痛を治す呪歌」です。飛鳥時代から奈良時代にかけて仏教の普及に尽力し、東大寺の大仏造立の責任者でもあったことでも有名な行基(ぎょうき・ぎょうぎ)という高僧が、詠んだ歌とされています。これは鯖(さば)伝説と呼ばれる逸話の中にあります。
行基の鯖伝説:「大阪の八坂峠で、行基が塩鯖を積んだ馬子に鯖を一つ乞うが拒否されたので、『大阪や八坂坂中鯖一つ 行基にくれで 馬の腹病む』という呪歌を唱えると馬の腹が病んでしまった。馬子が鯖を渡すと行基は再び唱えて『大阪や八坂坂中鯖一つ 行基にくれて 馬の腹止む』というと、馬は元に戻った」という伝説です。
一文字音を変えるだけで「病む」と「止む」の掛詞になっており、正反対の目的を持つ呪歌になるところに凄味がありますね。この呪文を使って馬の腹痛を治したいときは、くれぐれも言い間違えに気を付けなければなりません。

 山梨県南アルプス市芦安地区は今も昔も日本の屋根ともいえる奥深い山々(南アルプス)への玄関口のひとつです。南アルプスとは、山梨県長野県静岡県にまたがる赤石山脈のことで、日本第二の高峰である北岳など、標高3000m級の山々が南北に連なっています。

 芦安地区の先人たちは昭和時代までは、山とともに暮らし、林業や鉱山、炭焼きなどの山仕事を生活の糧に暮らしていました。これら山仕事に有効な呪歌がいつ書き留められたものかは不明ですが、呪歌(呪文)を唱えることで、観音菩薩様や大日如来様、行基様などの威力を借りて、山中で起こりかねない禍や危険を回避したり、病を除くための手段としてきたのです。呪歌はほとんどが口伝で長い間引き継がれるものです。時代とともに呪歌に頼る必要性が薄れ、忘れ去られる前に、村のどなたかが書き留めておいてくれたのでしょう。このただの走り書きのような紙切れでも、芦安地区の先人たちの暮らしと意識を物語る重要な資料のひとつです。
参考文献:広辞苑第4版・関根綾子2008『鯖大師伝説の変容』口承文藝研究31 白帝社
[『牛馬病ノ呪ノ歌:大阪や八坂坂中鯖一つ 行基にくれて 馬の腹やむ 古い行基弁ノ傳ト有り』]

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