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まぼろしの西野白桃

ひとくちに桃といっても、7月から9月まで時期によって旬の品種は移っていきます。

現在南アルプス市で栽培されている桃の代表的な品種には、「日川白鳳」「夢みずき」「白鳳」「あかつき」「川中島白桃」等がありますが、どの品種も色つきが良く、糖度が高いのはもちろんで、その上、日持ちが良い硬質の果肉であることが人気栽培品種の条件となっています。
そう、最近の桃はとっても甘いのに、リンゴのように皮をむいてカリカリと食べられるのです。
 昔食べた、果汁が滴り落ちるような柔らかい桃は現在の市場では出回りません。
いまどきの流通システムに対応した共同選果が、傷がつきやすく痛みやすい桃に不向きだからです。そのために、かつて水密桃といわれたような、食べると果汁で口の周りがベタベタするような果肉の柔らかい品種の桃は淘汰されていきました。
その淘汰された桃の品種のひとつに「西野白桃(にしのはくとう)」があります。

[画像:個人所有]


○博アーカイブはこちら
 西野の功刀幸男さんによると、「西野白桃」というブランドは、西野の桃栽培農家たちが見い出し、その栽培技術を昭和40年代に確立した、非常に甘くて果汁の多い「みずみずしさ」が売りのいまでも自慢の桃だそうです。

昭和50年代には南アルプス市のおいしい桃生産を支えた品種です。
しかし、平成に入り、糖度センサー等を駆使した共同選果による出荷体制に画一化される中、西野白桃のおいしさの特徴である、その「みずみずしさ」が仇となっていきました。
より効率化した流通システムには、果肉の柔らかい桃はなじまず、姿を消さざるをえなかったのです。

果物屋さんでは、販売者やお客さんが少々触っても傷が付きにくく、日持ちの良い桃を仕入れたがります。そのため、現在では、通常の流通経路での販売は皆無となりました。

功刀幸男家でも、家族が食べるための分と、長年直送している熱狂的な西野白桃ファンに向けて、栽培するのみだそうです。
「西野白桃」の傷つきやすい特徴を理解した上で、食べたいと切望する人に直接少量しか販売できないのが現状だそうです。
幸男さんいわく、「西野白桃は、現在の市場流通には向かないが、特に「みずみずしさ」という点で、消費者の望む理想の桃のイメージと合致している。非常に惜しい桃だと思う。」とのこと。
品種の変遷にも、いろいろなドラマがあるのですね。

[画像:個人所有]
西野白桃の歩みは、昭和39年8月1日の午後、西野農協の事務室の2階で、芦澤達雄氏の敷地にあった実生樹の、うまいと評判の桃を皆で試食したことにはじまります。
(その際の詳しい描写は功刀幸男氏が著した「くだもの随想281その3西野白桃の思い出(山梨の園芸第523号平成12年6月号)」に掲載されています)
すぐさま、なんとかこのモモを世に出したいと農協を中心に努力がはじまり、昭和40年秋には、西野農協管内の7人の有志で近接するそれぞれの農園の桃やリンゴの木を伐採して伐根し、垣根を取り払って「西野白桃モモ団地」を造成し、西野白桃の苗木を植えました。
一方、農林水産省に名称登録を申請して、昭和42年には種苗登録を実現。
しかし、西野白桃の栽培は難しく、画一的な栽培方法ではうまくいきませんでした。
人工授粉、剪定の仕方、肥料の種類や与え方、実にかける袋も開発含めた厳密な選定(内側が黒、外側の白の紙袋の採用)を行うなど、西野白桃を実らせるためのさまざまな研究を生産者自らが行い、栽培方法を模索しました。

[画像:個人所有]
その当時の様子を振り返って、西野白桃栽培プロジェクトメンバーのお一人であった功刀幸男さんは、

「西野白桃栽培の試行錯誤では、苗を植える土地(立地)を良く観察・分析し、その特性に合致した栽培法をみつけることの重要性を思い知らされた。果樹も人間と同じで、画一的な枠にはめては育たない。身を置く場所で一番合った生き方を見つけ、個々の自然体を大切に生きてこそ、力を発揮できる。」

と西野白桃の栽培から人生も学んだと感慨深げでした。
 昭和48年には、全国モモ研究会が、成果をあげていた「西野白桃モモ団地」を舞台に開催されました。
当時抜群にうまい桃として全国から注目されていた西野白桃について、発祥地で栽培方法を研究した農家たち自らがその成果と技術を公開するとあって、全国から桃農家が集結し、大変な賑わいだったようです。
山梨県南アルプス市西野で生まれた西野白桃は、栽培経験者が減っていく現状にあって、もはやレジェンドとなりつつあります。

[画像:個人所有]

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