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1.水とともに生きる

御勅使川ゆかりの史跡を歩く

県道甲斐芦安線(前御勅使川)

芦安から信玄橋へ通じる県道甲斐芦安線は御勅使川の古い流路で、「前御勅使川」、ちょっとなまって「まえみでえ」と呼ばれています。戦国時代、御勅使川の本流はこの前御勅使川だったと云われています。江戸時代から明治時代には、本流は現在の御勅使川に移り、増水時のみ水が流れていたようです。明治31年に六科将棋頭の上流が締切られ、前御勅使川の歴史に幕が下ろされました。昭和40年代ごろまでは旧河原の両岸に不連続の堤防、かすみ堤が残されていましたが、現在ほとんどの堤防は削平され、道路として利用されています。
写真は明治29年に起きた大水害後、堤防を復旧している様子が写されたもの。旧運転免許センター(野牛島)付近。
霞堤は不連続な堤防でおもに急流河川で造られました。絵図や文書から少なくとも江戸時代には確認できます。ただし「霞堤」の用語自体は明治時代から使われ始めます。
 霞堤は上流の堤防が決壊した場合、その洪水流を下流の控堤が防ぎ、再び河道へ戻す役割や途切れた部分から日常用水を排水する役割を持っていました。また、堀切付近の霞堤は堤がとぎれた部分から水を逆流させ、一時的に水を蓄える機能も果たしていました。近年では洪水時、魚など水辺の生き物の避難場所にもなっていた点も指摘されています。
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