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種別・テーマで選ぶ - 治水

ふるさと文化伝承館(市文化財センター)

「ふるさと文化伝承館」が新しく生まれ変わって平成21年6月にリニューアルオープンしました。
愛称は「みなでん」
これからも皆さんとともに作り上げたい!という願いもこめて
「み・ん・な・で、み・な・で・ん」
って覚えてください!

世界的に知られる国重要文化財の「鋳物師屋遺跡出土品」をはじめ、市内の遺跡から出土した土器や石器、昔懐かしい民具などを展示しています。

当館では展示パネルを少なくし、スタッフによる展示案内などお客様とのコミュニケーションを大切にしています。不必要な場合にはお申し付けいただき、また、ご質問などはお気軽にお問い合わせいただければと思います。

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石積出

砂礫と石で造られた堤防で、一番堤から五番堤まで残されている。武田信玄の築堤と伝えられるが、史料で裏づけられていない。少なくとも江戸時代には築堤され、有野の田畑や集落、さらに下流の御勅使川扇状地に立地する21ヶ村を守る役割を果たしていた。国指定史跡(一~三番堤)

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将棋頭(六科水田)

将棋頭は、その名のとおり将棋の駒に見立てられた石積みの堤防で、国の史跡に指定されている。武田信玄が築堤し、御勅使川の流れを分流したと伝えられてきたが、史料的裏付けがなく初現は不明である。

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不連続堤

途切れることなく一直線に延びる堤防。洪水から人々や町を守る堤防がこうした姿であることは現在では当たり前ですが、少なくとも江戸時代から明治時代の堤防では、途切れ途切れの姿が普通でした。この不連続の堤防は明治時代ごろから「霞堤」と呼ばれるようになります。
御勅使川の堀切橋付近を見てみましょう。前御勅使川に比べると、堤防と堤防の間、つまり遊水地が広く確保されています。増水した時には途切れた部分から水を逆流させ、一時的に水を蓄える機能も果たしていたと考えられます。このように霞堤は、先人の長い経験を踏まえながら「あふれる」ことも考えて造られた堤防でもあるのです。

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石積出 一番堤

石積出の中で、最も上流に築かれた石積みの堤防。現存している長さは約70m。3段構造で、2段目に石の大きさ、積み方の違いが見られ、少なくとも2回修復されていることがわかる。

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石積出 三番堤

二段積みの石積み堤防。現存している長さは約100m。先端部の一部が発掘されており、堤防の基礎を守る根固めに井桁状に丸太を組み合わせ、中に石を詰める「木工沈床」が用いられていることがわかっている。

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桝形堤防

徳島堰の工事にとって最大の難所は、川幅の広い御勅使川の横断であった。完成当初は溝を掘り板で堰きとめる「板関」と呼ばれる開渠で通水していたが、少なくとも18世紀初頭には木製の埋樋(暗渠)に変更される。幕末頃には暗渠の壁が石積みとなり、明治から大正時代に入ると粗石をアーチ状に積む「眼鏡」と呼ばれる工法に改修される。
六科村や野牛島村は、その立地から御勅使川の河原の中で暗渠となっている徳島堰を一度開口して取水しなければならず、増水時にその取水口を守る将棋の駒の形をした堤防が枡形堤防である。取水された水は後田堰を通して六科将棋頭の中に導水され、水田に利用されてきた。
平成26年10月6日に国指定史跡に追加指定されました。

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芦安堰堤

芦安堰堤アーチ式工事写真。大正14年7月23日撮影。

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源堰堤

大正9年に竣工。高さ7m、長さ109.1mある大型の堰堤。芦安、藤尾堰堤とともに現在でも大正期の姿をとどめている数少ない堰堤のひとつ。芦安堰堤と並び、「御勅使川治水の双璧」と呼ばれていた。現在でも私たちの生活を支えている。

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市之瀬川の石堤

市之瀬川に沿って、県道伊奈ケ湖公園線を伊奈ケ湖に向かって上っていくと、上市之瀬の集落を抜けた左手に「県営砂防事業発祥之地」という石碑が現れ、川の対岸には歴史の厚みを感じさせる苔むした石積みを見ることができます。

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石積出 四番堤

先端部の一部で発掘調査が実施されている。調査の結果、石積みの土台として梯子土台が用いられ、根固めには木工沈床が使われ、さらに川表側には鉄線の蛇籠が並べられていた強固な構造であることが明らかとなっている。

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お熊野堤

野牛島にある旧運転免許センター南側の土手は、
明治31年まで流れていた前御勅使川の右岸を守る堤
防跡です。
古くは「お熊野堤」と呼ばれていました。

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芦安堰堤

御勅使川は、甲斐駒ヶ岳から南東に連なる南アルプス連山の唐松峠付近、標高(1600メートル)の地点に源を発し、甘利山(1672メートル)・千頭星山 (2139メートル)・大崖頭山(2186メートル)・高谷山(1842メートル・櫛形山(2052メートル)によって囲まれ、急峻な山間を北東に流れ、芦安を経て白根・八田に入り、流域に扇状地を形成して富士川に注ぐ流路延長(約18.5キロメートル)・流域面積(72.4平方キロメートル)の河川である。
流域内の地質は、上流部は主として御坂層で、その中に脆弱な火成岩地帯があり、所々に温泉作用を受けた薄い地層があって、この層を境にして地すべりを生ずるほか、本川沿岸に露出する部分は極度の風化崩壊の過程にある。
芦安堰堤は下流の土砂災害を防ぐため内務省直轄砂防事業として施行した砂防堰堤で、日本で初めてセメントを使用した堰堤であり昭和七年より山梨県が移管を受け管理している。
芦安堰堤は下流の土砂災害を防ぐため、内務省直轄砂防事業として施行した砂防堰堤で、日本で初めてセメントを利用した堰堤であり、国登録文化財となっている。

所在地/山梨県南アルプス市芦安芦倉字大曽利地内
所有者、管理者/山梨県
指定年月日/平成9年9月16日

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