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地区で選ぶ - 甲西

古長禅寺

臨済宗寺院。信玄の母、大井夫人の菩提寺であり、夫人の墓がある。もともと長禅寺と称するが、後に甲府に長禅寺が造られたため古長禅寺と称するようになった。母とともに信玄も、時の住職、岐秀元伯(ぎしゅうげんぱく)に深く帰依し、「信玄」の法号も岐秀が授けたものと言われる。県指定史跡。

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登録有形文化財「松寿軒長崎」

荊沢に所在する松寿軒長崎は明治24年に創業された和菓子の老舗である。
店舗の老朽化に伴い一部改築はされているが、大阪などで見られる土蔵を模した外観は寄せ棟、漆喰仕上げで創業当時の外観をほぼ現在に伝えている。
松寿軒長崎が所在する荊沢はかつて駿信往還の宿場町であり、鰍沢舟運が隆盛の頃、この荊沢宿も多くの物資の流通や交通でにぎわいを見せた。


名称/登録有形文化財「松寿軒長崎」
所在地/南アルプス市荊沢319
所有者、管理者/個人
登録年月日/平成10年2月12日
備考/建築1926年

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古長禅寺のビャクシン

古長禅寺は正和5年(1316年)に夢窓国師が本尊釈迦如来を安置、禅刹を興したことに始まる。このビャクシン植生地は「お釈迦堂」と呼ばれており、開山当時四天王をかたどり、旧客殿前庭の四隅に約十メートルごとに植樹され、通称「夢窓国師手植えの四つビャクシン」とも呼ばれている。樹齢約700年。


名称/古長禅寺のビャクシン
所在地/南アルプス市鮎沢505
所有者、管理者/古長禅寺
指定年月日/昭和28年11月14日
備考/4つのビャクシン、樹齢…700年

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安藤家住宅(重要文化財)

安藤家住宅は、甲府盆地西南部、釜無川と滝沢川に挟まれた水田地帯に位置する。主屋から宝永5年(1708年)の棟札が発見され、江戸後期から続く豪農の生活を知るうえで非常に貴重である。主屋は茅葺き入母屋造り、表門、土蔵、茶室、中門、板塀全てが国重要文化財に指定された。


所在地/南アルプス市西南湖4302
所有者、管理者/南アルプス市
指定年月日/昭和51年5月20日

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遠光・光朝の木造

加々美次郎遠光像は玉眼挿入、内ぐりのある寄木造。作者は無名でありながらも鎌倉期における肖像彫刻の逸品である。
坐高…48センチメートル
肩張…36センチメートル
肘張…38センチメートル
膝張…52センチメートル
膝高…9.5センチメートル
秋山太郎光朝公座像は彫眼、寄木造で像に彩色が見られる。
台座には享保19年(1734年)の墨書きがあるので江戸時代中期の作であることがわかる。

所在地/南アルプス市秋山567
所有者、管理者/秋山光朝公奉賛会
指定年月日/昭和42年10月1日
備考/

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木造 夢窓国師坐像

本像は椅子上に座禅を組む姿勢をとり、法衣を垂下させている。
坐高82.5センチメートル、材質は桧材を用いた寄木造、挿首、玉眼をはめ込み黒漆塗りが施され、頭頂はとがり、細面の容貌やなで肩など国師の特徴をよくふまえている。穏やかな表情でありながら、禅僧としての気構えや峻厳なまなざしに気迫さえ感じる。天保7年(1836年)に加修の銘札が胎内に納められている。


天保七丙申六月日
此尊像経幾百星故漸々破壊
雖奉恐不忍拝見欽奉加修利者也

慎仙庵謹誌之




名称/木造夢窓国師坐像
所在地/南アルプス市鮎沢505
所有者、管理者/古長禅寺
指定年月日/昭和58年6月6日
備考/1357(延文2年)

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隆昌院釈迦涅槃図

江原山隆昌院は寛正3年(1462年)に開基し、本尊は千手観音である。
この涅槃図の伝来は不詳であるが、上方軸芯部に墨書で寛文11年(1671年)との銘記が発見された。四枚の絹を女性の手によって縫い合わせた庶民的な作品であり、仏教の教えが庶民に厚く広がっていた事を示す貴重な作品である。
法量:縦…261センチメートル、横…157.5センチメートル

所在地/南アルプス市江原1550
所有者、管理者/隆昌院
指定年月日/平成元年2月27日
備考/

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隆昌院の飯縄権現造図

飯縄権現信仰は北信州飯縄山に対する山岳信仰として知られている。室町時代武州高尾山に入山した俊源大徳が修行の結果、一夜の霊夢によって飯縄権現を感得し、その像を刻み一山の守護神として山頂に勧請したことにより、関東一円に広がったと言われている。本図は作者、伝承等は不詳であるが、江戸初期の作品だと考えられる。

所在地/南アルプス市江原1550
所有者、管理者/隆昌院
指定年月日/平成元年2月27日
備考/

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江原浅間神社本殿

当社の祭神は木花之開耶姫命(このはなのさくやひめのみこと)で、古来江原地区は湧水が豊富で稲作が盛んに行われていたことから、稲作の神としてその恩恵に浴し、毎年初穂を献じて五穀豊穣を祈願した。本殿は三間社(さんげんしゃ)流れ造り桧皮葺(ひはだぶき)屋根で桃山時代の作風を残す江戸時代前期の建築である。


所在地/南アルプス市江原1302
所有者、管理者/江原浅間神社
指定年月日/昭和44年11月13日
備考/

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隆昌院本堂の桟唐戸

桟唐戸は鎌倉時代に禅宗が渡来した折りにその建築様式とともに伝えられたもので、禅宗様扉とも呼ばれ、その後他宗の寺院や神社等でも広く用いられるようになった。隆昌院の桟唐戸は様式からして桃山時代(1574年から1614年)の頃に製作されたものと考えられる。高さ2.53メートル、幅0.45メートル両折両開で黒漆仕上げ、上部の花狭間や八双金物に打ち抜かれた猪目形など美しく優れた作品である。


所在地/南アルプス市江原1550
所有者、管理者/隆昌院
指定年月日/昭和49年1月29日
備考/

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東南湖八幡宮の御輿と神鈴

東南湖の御輿は尺五御輿と言われて小型のものであるが、正格な江戸木割によって施工されている。文政八年(1825年)に修復が記されており、製作はそれ以前に遡り江戸中期頃と推定され、美術的にも大変すぐれた作品である。
神鈴は銅製で文禄三甲午年(1594年)の銘文を持つ桃山期の作品である。


所在地/南アルプス市東南湖3282
所有者、管理者/東南湖八幡社
指定年月日/昭和60年3月30日
備考/

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西川家土蔵の戸前口

この土蔵は昭和63年に大改修がされているが、戸前口は江戸末期に造られたまま残されている。扉は通称観音開きと呼ばれる塗込扉であるが、これはそれ以前の軸摺形式である。耐火建築として土蔵造りは江戸時代に隆盛を極め、土蔵の戸前口は左官職人の腕の見せどころであった。


所在地/南アルプス市大師65
所有者、管理者/
指定年月日/平成4年10月19日
備考/

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神部神社の算額

わが国古来の数学である算額は江戸時代に関孝和らを中心に発達した。和算家が自分で発見した問題や解法を絵馬に書き寺社に奉納したものを「算額」と言った。
神部神社の算額は文化三年(1806年)に上州の和算家清水直次郎央七が奉納したものである。


所在地/南アルプス市下宮地563
所有者、管理者/神部神社
指定年月日/平成5年3月28日
備考/

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懸腰山

懸腰山は文永11年(1274年)日蓮上人が甲斐国内を巡しゃくされこの地を通りかかった折に松に袈裟を懸け、腰を下ろして休まれた霊場として懸腰山と命名したという。眼下に広がる甲府盆地の眺望が素晴らしい。


所在地/南アルプス市湯沢1345
所有者、管理者/本清寺
指定年月日/昭和49年1月29日
備考/

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若宮八幡の神楽

若宮八幡神社は古市場など周辺の七か村の総鎮守とされている。
文久2年(1862年)に水害を防ぐために神楽を奉納したのが始まりと伝えられており、古来「八朔」といって旧暦の8月1日に祭典が行われた。大正元年に古市場敬神会が発足し大祭を継承している。西郡地域の夜祭として境内は夜を徹して参詣者で賑わいを見せる。毎年、10月第1土、日曜日に奉納される。


所在地/南アルプス市古市場238
所有者、管理者/古市場敬神会
指定年月日/昭和44年11月13日
備考/

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西南湖の獅子舞

1月14日から16日にかけての小正月には道祖神を奉る多くの民俗行事が行われる。この西南湖の獅子舞は現在でも西南湖獅子舞保存会により区内の新築祝い、結婚などの祝い行事として舞われる。明治20年(1887年)頃、隣の和泉地区の青年が質入れした衣装一式をもらい受け始められたという。
近松門左衛門作「梅川忠兵衛」、紀海作「八百屋お七」などさまざまな浄瑠璃を日本舞踊ふうに舞うことが非常に独特の舞いを見せている。


所在地/南アルプス市西南湖4229
所有者、管理者/西南湖獅子舞保存会
指定年月日/昭和49年1月29日

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神部神社曳舟神事

神部神社は大物主命を祭神とし、「延喜式神名帳」に記載された巨摩郡五座のなかのひとつである。
毎年3月第1日曜日に(往古は2月2日)に行われる曳舟祭は、大和国からご神体を奉遷した古事にならってその様子を再現している。神主が数本の矢を放ち悪魔を祓い、諸々の贖罪、五穀豊穣、天下奉平を祈願する。神事において、木舟を神主、氏子らが引くというのは、恐らく当時の運搬手段のひとつとして、木舟を用いて内陸まで出入りしていた様子を演出しているものと考えられ、当時の交通運搬や文化流入を知るうえで貴重である。古代における神の遷座の状況を神事として残す祭祀は類例を見ない。

所在地/南アルプス市下宮地563
所有者、管理者/神部神社
指定年月日/平成6年6月28日

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辻嵐外の墓

成妙寺の山門をくぐると「笹の葉や今に鶯年よらず」と詠われた句碑がある。
辻嵐外は江戸後期の俳人である。嵐外は明和8年(1771年)敦賀に生まれ、年に甲斐を訪れ若草町藤田の五味可都里を頼り、その後75歳まで落合を中心に甲斐の俳諧文化の向上に努めた。嵐外は俳諧結社安楽林社との交友が深く、弘化2年(1845年)11月26日成妙寺に「嵐外日哉の墓」を建立した。


所在地/南アルプス市落合150
所有者、管理者/成妙寺
指定年月日/昭和49年1月29日

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深向院の釈迦如来像

本尊は至徳2年(1385年)大仏師越後阿闍梨増光の作である。
深向院は天長年間(824年から832年)弘法大師の草創と伝えられている。真言宗に属し、武田五郎信光が再興し信光寺と名付けた。
桧材の寄木造りで、坐高23.5センチメートル、肩張14センチメートル、肘張19センチメートル、膝張24.5センチメートル、膝高5.2センチメートル。
像背面内部に造顕年代が記されている。
至徳二年十一月日
「大仏師越後阿闍梨増光造」


所在地/南アルプス市大師1172
所有者、管理者/深向院
指定年月日/昭和46年2月26日

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秋山太郎光朝供養の経筒及び付属品

この経塚の遺品は慶安年間(1648年から1652年)に秋山熊野神社境内より発見されたと伝えられている。光朝は甲斐源氏加々美遠光の長男、経筒銘にある光経は光朝の弟で、遠光の四男である。本経筒は銘文に建久8年(1198年)の年号があり、鎌倉初期の経塚造営の状況を知るのに貴重な資料となっている。
経筒には次の銘文が刻まれている。

信心大施主…源朝臣光経

芳縁源氏…所生愛子等

現在悲母…禅定此丘尼

建久八年十月十一日

出土品には宝珠型のつまみのついた蓋が2点、短刀3口、陶製の壺1点がある。


所在地/南アルプス市秋山596
所有者、管理者/個人
指定年月日/昭和47年1月27日

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八王子権現の剣

長さ28センチメートル、元幅2.8センチメートル、先幅2.7センチメートル
表面に銘濃州関住兼次、裏面に大永六年(1526年)六月日の銘文が刻まれている。
この刀剣の由緒の中に「武田信虎公大永六丙戌年在銘兼次ノ剣」とある。
地鉄の鍛え、刃文、やすり、銘、年紀、茎の特色から室町時代に活躍した志津兼氏一門の系譜を引く刀工の手によるものと思われ当時の製作手法に基づく作品として貴重である。


所在地/南アルプス市落合1092
所有者、管理者/落合八王子社
指定年月日/平成元年7月19日

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清水八幡の夫婦ケヤキ

清水八幡神社境内に東西に自生する老木である。西側が夫で、かつては樹高27メートル、根回り20メートル、目通り7.4メートルを誇ったが、近年、強風により根の部分を残し倒壊してしまった。樹齢は約650年である。
東側が婦で樹高25メートル、根回り12.1メートル、目通り4.4メートル、樹齢が約450年である。境内に仲良く並んで自生しているため「夫婦ケヤキ」と呼ばれ地域に親しまれている。


所在地/南アルプス市清水92
所有者、管理者/清水区
指定年月日/昭和42年10月1日
備考/

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秋山の多羅葉樹

根回り2.6メートル、樹高14メートルで時の光昌寺住職がシャム国(タイ)よりこの地に持ち帰ったと言われている。現在秋山富士夫氏の庭園に自生しており雌樹で赤い実をつける。


所在地/南アルプス市秋山596
所有者、管理者/個人
指定年月日/昭和42年10月1日

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広誓院のカヤの木

湯沢の平野山広誓院は文亀元年(1501年)6月に創建されたと伝えられている。
このカヤの木は根回り13メートル、目通り4.5メートル、樹高は12メートル、樹齢約500年の老木である。


所在地/南アルプス市湯沢1826
所有者、管理者/広誓院
指定年月日/昭和44年11月13日
備考/

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安藤家の避雷針の松

根回り20メートル、目通り3.5メートル、樹高19メートル、樹齢500年
この松は江戸時代前期頃滝沢川左岸の岸辺に自生しており、当時水害の常襲地帯であった滝沢川より村人たちが安藤家に移植したという。
この松には明治末期頃つけられた避雷針が取り付けられており、別名「避雷針の松」と呼ばれクロマツとしては希な巨木である。

所在地/南アルプス市西南湖4302
所有者、管理者/山梨県
指定年月日/昭和44年11月13日
備考/

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不動寺の菩提樹

古市場の不動寺は弘仁年間(810年から823年)に創建された真言宗の寺院である。
その山門の西側にひっそりと自生しており、根回り1.5メートル、目通り1.2メートル樹高6メートルである。「菩提樹」は中国原産の植物で福岡県に渡り次第に全国に広がったという。


所在地/南アルプス市古市場180
所有者、管理者/不動寺
指定年月日/昭和44年11月13日
備考/

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法音寺の多羅葉樹

本樹は雄樹で根回り2.6メートル、樹高14メートル、地上2メートルで二幹に分かれている。葉の縁に鋭い鋸歯があることから「鋸柴」とも言う。モチノキ科に属し樹皮からとりもちを作る。


所在地/南アルプス市江原1587
所有者、管理者/法音寺
指定年月日/昭和44年11月13日
備考/

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成妙寺の松

宗持山成妙寺に自生する松は垂れクロマツの傾向を持ち、根回り3.6メートル、目通り2.9メートル、樹高17メートル、樹齢約200年で地上約1メートルのところで東西2幹に分岐している。


所在地/南アルプス市落合150
所有者、管理者/成妙寺
指定年月日/昭和49年1月29日
備考/

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鮎沢の御崎ビャクシン

鮎沢の御崎稲荷明神にある当木は根回り2.9メートル、目通り2.3メートル、樹高やく7メートル、樹齢約400年と言われている。この御崎ビャクシンは毎年鮎沢1組で祭典を行っている。


所在地/南アルプス市鮎沢754
所有者、管理者/鮎沢区1組
指定年月日/昭和49年1月29日

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本清寺のカヤの木

本清寺は正保元年(1644年)9月13日に創建されている。
根回り6メートル・目通り3.9メートル・樹高20メートル
カヤの木は音の反響が優れているので、昔から基盤や将棋盤に用いられている。
また木の実は薬用や菓子などに用いられ「カヤアメ」などはよく知られている。


所在地/南アルプス市湯沢913
所有者、管理者/本清寺
指定年月日/昭和44年1月13日

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隆昌院の多羅葉樹

多羅葉は葉に傷を付けると浮かび上がるので古代インドでは木針で葉に傷を付け経文を写したことからそれにたとえて多羅葉と称している。また、葉に火をつけると黒い環が現れるので紋付柴ともいわれている。
根回り2.36メートル、目通り1.41メートル、樹高12メートルである。


所在地/南アルプス市江原1550
所有者、管理者/隆昌院
指定年月日/平成元年2月27日

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湯沢の思い杉

思い沢の北に面した斜面に自生しており、樹齢500年、根回り10メートル、枝張り、東西20メートル、樹高33メートルという大木で2本のスギが接触し癒着している珍しい現象が見ることができる。この事から縁結びの神様として古くから地域に親しまれている。

所在地/南アルプス市湯沢2248
所有者、管理者/
指定年月日/昭和53年11月7日

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湯沢のサイカチ

マメ科/サイカチ属
サイカチの巨樹として県下において希に見るものである。
根回り4.2メートル、目通り幹囲3メートル、樹高は約6.4メートルで樹齢は300年を有している老木である。塩沢家は「茨の木大尽」と呼ばれ多くのサイカチが植えられた事で知られている。サイカチの実は薬用になり、以前は石けんの代用にしたこともある。


所在地/南アルプス市湯沢113-1
所有者、管理者/個人
指定年月日/昭和39年6月25日

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