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塚原のおしゃぶきさん

「甲西町の今むかし」という1995年に甲西町文化協会が発行した冊子の中にある、「風邪治しの神様として信仰された大きな岩」で、地域の人たちから「おしゃぶきさん」と呼ばれた岩があります。
『その昔、悪い風邪が流行って塚原村の人々が苦しんでいると、働き者のおじいさんの夢に、お姫様が現れました。そして、「西の山の中腹にある大きな岩の前に葱が植えてあるの。それを持ってきて煎じて飲んでみてごらんなさい。 私の来たしるしに、岩の上に足跡を残しておくから。願い事のある時は、その足跡を小石でたたきながら祈ってね!」というような、お告げがあったそうです。
 翌朝、おじいさんが西の小高い山に登ってみると、はたして、葱の植わった大きな岩があり、足跡もありました。 そこで、夢のお告げにあったように小石でたたいてみると、木履(ポックリ)をやさしくたたいた時のようにぽこぽこと響いたのだとか。
 おじいさんは風邪が治りますようにとお祈りして、葱を持って帰って煎じて飲んでみると、三日ばかりで長く苦しんでいた風邪が良くなったので、葱を倍にしてお返ししたそうな。
 このことがだんだん広まり、お祈りする人が多くなったので、塚原村の人々は相談して岩の上に祠を立て、岩を岩永姫(いわながひめ)の化身と信じ、秋には感謝の祭りを行っていたそうです。(「甲西町の今昔」しゃぶきばあさんの項より〇博調査員の要約)』
現在の「おしゃぶきさん」は、塚原区の堰野川右岸に、ブロック塀に囲まれた状態で存在しています。厳重な囲いようですが、神様を後世も大事にして欲しいという、土地所有者の気持ちの表れだろうと理解できます。
「甲西町の今むかし」のなかにある挿絵と同じく、岩の上には祠が建っています。この石が「風邪を治す神様」として、かつてこの地域の信仰を集めた「おしゃぶきさん」です。
近くの畑で農作業中の方に話を聞いてみると、「おしゃぶきさんの祭典日に掲げられたと伝わる幟旗を幼いころに畳まれた状態で見たことがある」そうですが、現在は残念ながら地域でお祭りなどは行っていないそうです。
他に、塚原のおしゃぶきさんに関しては、落合の成妙寺にお墓のある俳人辻嵐外も句に詠んでいます。
『 「しはぶきや時雨るゝ冬の骨と皮」  塚原の里のやまかげにしたたかなる一つの岩あり。この岩は幼き者の咳そう(がいそう)を病まれつくに、「この病怠らしてん」とのいのりたらんに、かならずしもしるしのあればや。しはぶき婆となん申ふりて伝いたる。古きものがたり申伝うるなり。 岩面にいたいけなき足の形の所々にくぼまりたるも、何等のゆかりにやあるらん、あはれ年しらず古けたる咳がいのうばにこそ。』と和半紙一枚に走り書きしたものが、西落合の新津義右衛門家に遺されていたと、甲西町誌に記されています。
辻嵐外が落合に居住したのは文化2年(1805)頃から 天保12年(1841)までで、途中の信州方面への旅吟の期間を除いて、およそ32年間は甲西地区で暮らしたことになるそうなので、おしゃぶきさんは、それより前からの信仰なのでしょう。少なくとも200年以上前からの伝説ということです。
なお、しゃぶきばあ伝説というのは日本各地に類型があるもので、イボ病みや咳病みを癒す神としての信仰があるのですが、昭和48年刊行の町誌によると、甲西地区にはもう一カ所、大師区のどこかにあるそうです。こちらは、「葱と胡麻を備えてあるくぼみ石と尖り石ですりつぶして供え、細長い本尊の石柱を縄で結わえ、全治すればこれを解くというもの」です。

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