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1.水とともに生きる

御勅使川ゆかりの史跡を歩く

桝形堤防

徳島堰の工事にとって最大の難所は、川幅の広い御勅使川の横断であった。完成当初は溝を掘り板で堰きとめる「板関」と呼ばれる開渠で通水していたが、少なくとも18世紀初頭には木製の埋樋(暗渠)に変更される。幕末頃には暗渠の壁が石積みとなり、明治から大正時代に入ると粗石をアーチ状に積む「眼鏡」と呼ばれる工法に改修される。
六科村や野牛島村は、その立地から御勅使川の河原の中で暗渠となっている徳島堰を一度開口して取水しなければならず、増水時にその取水口を守る将棋の駒の形をした堤防が枡形堤防である。取水された水は後田堰を通して六科将棋頭の中に導水され、水田に利用されてきた。
平成26年10月6日に国指定史跡に追加指定されました。
調査の結果、堤防北側と同じように、南側の堤防の基礎を守る根固めとして、3列の木工沈床が発見された。3列の幅は、川表側の方が長くなっている。木工沈床の外枠に使われた丸太が置かれていた場所は、丸太が腐食しその部分が空洞になっている。
「木工沈床」は、明治時代の中ごろに発明され、明治30年代終わり頃に山梨県に導入されていることから、この度見つかった桝形堤防は明治末期から大正時代に改修されたものと考えています。桝形堤防は古文書などから江戸時代には造られていたことがわかっていますが、幾多の洪水によって流されては、その時々の技術を使い修築されてきたのでしょう。
木工沈床の丸太をつなぐボルトと縦に貫き固定する丸鋼(断面が円形の鉄筋)。
南側堤防第2トレンチでは木工沈床と徳島堰の御勅使川の下を通っていた暗渠が発見された。
南側堤防第2トレンチで発見された徳島堰御勅使川暗渠の天井部。大正時代にアーチ型に石を積み、「眼鏡」と呼ばれる工法で改修された記録が残されており、発見された天井部と一致する。石はセメントで固められており、一部木工沈床の石材が用いられている。。
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