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1.水とともに生きる

御勅使川ゆかりの史跡を歩く

野牛島・西ノ久保遺跡

西に大塚遺跡、南に野牛島・大塚遺跡、東に石橋北屋敷遺跡に囲まれた遺跡。古墳時代前期や奈良・平安時代、中世の集落跡。遺跡内の小さな谷底から破片どうしが融着し形が歪んだ須恵器の大甕片が出土し、遺跡周辺に須恵器窯が存在する可能性が指摘されている。また注目される遺構として、炭焼の平窯や和鏡が副葬された土坑墓、中世の道路跡なども発見されている。
生産遺跡と礫郭墓、和鏡
平安時代後期の住居跡からは雁又鏃が発見され、また炭焼窯や、平安時代末期の礫で囲んだ墓坑からは和鏡が発見され。生産や特殊な身分を示す遺構が特徴となる。
礫郭墓に副葬された和鏡(直径8.2センチ)
鏡の文様は格子文のなかにひとつひとつ「星梅鉢」を施し、
またスズメが2羽描かれている。県内でこの時期の墓から鏡が出土
する例はきわめて少なく、鏡を副葬できるほどの有力者が野牛島周辺に存在したことが物語れる。
また鏡は魔除けの役割を果たすとともに、女性の化粧道具であるため、埋葬されたのは女性かもしれない。
平安時代の炭焼き窯
遺跡内の浅い谷底から発見された須恵器の甕。形はゆがみ、窯体の一部が融着することから、廃棄された失敗作であると考えられ、この付近に須恵器の窯があったことが推測される。

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