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7.山への信仰と伝説に彩られた山里を歩く

大宝寺 名取将監の墓

寺記によれば、奈良時代に華厳宗の寺院として開山されましたがその後荒廃し、16世紀の初めに悦堂和尚が曹洞宗寺院として再興しました。境内には武田信虎に仕えたと伝えられる武将、名取将監の墓があります。
名取将監 武田信玄の父信虎に仕えていましたが、主君の勝手な振る舞いを諌めたことが受け入れられず、浪人となり、血縁を頼って芦安村の名取弾正左衛門のもとに来て、大曽利に住んだと伝えられます。現在でも将監の屋敷跡といわれる殿屋敷の地名が残されています。
芦安に移り住んだ将監は、大曽利に村の繁栄を願い多賀明神の宮を建て、学問の神様天神様を祀る石祠を造り、村人に学問を教えたと伝えられています。また疫病を防ぐことに霊験がある津島牛頭天王の宮を建て、旧暦6月15日には祇園祭りを行うことを始めたといわれています。
日々狩猟を生業としていた将監が、大鹿を追って渓谷に迷い込み、日が暮れて帰れなくなった時、観音経を唱えて一夜を無事過ごしたことから、その場所が「観音経渓谷」の名前が付けられました。

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