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西郡の呉服屋さんで買えた雛人形

雛人形が入っている箱に地元の呉服屋さんの名前が記されていることがあります。当時の呉服店は、節句人形の販売代理店としての機能も担っていたようで、西郡地域の人々が飾ったお人形は甲府の雛問屋で作られたものに加え、鰍沢の春木屋などの商家を経由して入ってくる駿河で製作された人形も多く流通していたと考えられます。明治大正期に昭和初期頃の西郡の人々が人形を求めるときには、
① 甲府の雛問屋か鰍沢の商家に買いに行く。
② 甲府の雛問屋から「ひなんどー、ひなんどー」との掛け声で、安価な横沢雛を籠に担いでやってくる売子から買う。
③ 初節句の晴れ着などを購入するのに合わせて、近所の呉服屋で売っている人形を買う。
の3つの購入方法があったのだと思います。
呉服店の名入りの人形箱を2つご紹介しましょう。「せきや 麻野屋呉服店」の箱と「戸田街道橋際 常盤特製人形」と書かれた張り紙のある箱です。「せきや」とは「関屋」と呼ばれていた場所のことで、高尾街道と駿信往還が交わる箇所、ちょうど現在の倉庫町交差点あたりのところになります。関屋の麻野屋呉服店銘入りの箱には、甲府の雛問屋製作の横沢雛が入っていました。
麻野屋さんは今はもうこの倉庫町付近には存在しないのですが、昭和6年の商店地図をみると、ちゃんと「麻野屋呉服店」さんが載っています。地図を見ると、関屋の交差点より北に200メートルくらい行ったところ(現在の「倉庫町北交差点」の北東)に、お店があったようです。(写真:昭和6年 大日本職業別明細図より倉庫町拡大図部分)
つづいては、「戸田街道橋際 常盤特製人形」と書かれた張り紙のある箱です。戸田街道橋際といえば小笠原なので、この説話人形を販売したのは、常盤呉服店さんでよいのではないかと考えています。
静岡と長野を結ぶ駿信往還が南北に通り、途中に甲府のまちから続く高尾街道や戸田街道が交わる西郡地域では、大正期頃になると駿河系の人形と、甲府の雛問屋のつくる人形の、両方から好みで選んで購入できる状況にあったのだと思います。

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