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百々に遺る「蚕神」

 明治20年代から、現在まで果樹栽培を産業の大きな柱としている山梨県南アルプス市の白根地区ですが、明治30年代までは果樹よりも煙草の栽培の中心地として有名であり、その後、昭和40年代初めまでは養蚕も多く行われ、製糸業も盛んな地でした。中でも、白根地区には蚕糸業にまつわる痕跡がいくつか遺っています。
 その中の一つに、百々諏訪神社南にある集落に祀られている蚕神があります。石には、「駒嶽摩利支天 ・ 奥山半僧坊 ・・ 大嶽蚕玉山」と刻まれ、全国的に信仰を集める聖地三カ所が列記されています。それぞれ「甲斐駒ヶ岳の摩利支天  浜松にある奥山半僧坊大権現  山梨市三富にある大嶽山那賀都神社」のことだと考えられます。

 また、明治二十一年と刻まれており、まだこの地が煙草栽培中心であった頃に立てられていることがわかります。明治37年版の「工場通覧」には、同じく明治21年に飯野村で中沢五三郎によって白鳳社が、明治25年には百々地域で秋山製糸場が設立されたことが記録されており、これらから考えると、煙草全盛期でありながらも、明治21年からこの地で蚕糸業への本格的な取り組みが始まったと言えます。

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